「西公園」は、古くは荒津山と呼ばれた福岡市のほぼ中央に位置する丘陵地の県営公園で、博多湾や志賀島を
一望できる優れた眺望が魅力です。
また、福岡県内で唯一「日本さくら名所100選」に選ばれており、春には多くの花見客で賑わう市民憩いの場として
親しまれています。
その園内、山頂近くに鎮座するのが「光雲神社(てるもじんじゃ)」です。
この神社は、福岡藩の礎を築いた藩祖・黒田孝高(如水)公と初代藩主・黒田長政公を祀る歴史ある場所です。
美しい自然と歴史、そして絶景が一度に楽しめる西公園と光雲神社は、福岡を訪れた際にはぜひ立ち寄りたいおすすめのスポットです。
光雲神社の歴史
光雲神社は、古代から日本と大陸を結ぶ地として知られ、遣隋使や遣唐使が旅立つ際に人々がこの地で見送ったと
伝わっています。
その情景は万葉集にも記されており、神社は今もその歴史を静かに伝える場となっているのです。

※画像は「西公園」です。
福岡市の「西公園」は、桜の名所百選にも選ばれた花の名所として知られ、春になると園内一帯が
薄桃色の景色に包まれ、光雲神社は、その西公園の中に鎮座し、参拝に訪れる人々を穏やかな雰囲気で迎えてくれます。
ほど近い舞鶴公園でも桜が満開になり、西公園と舞鶴公園の両方で華やかな桜の競演を楽しめるのが、
このエリアならではの魅力なんです。
光雲神社へのアクセス情報

光雲神社
〒810-0061 福岡県福岡市中央区西公園13-1
**最寄りの駅**
■福岡市地下鉄
■西鉄バス 湊郵便局前バス停
■西鉄バス 中央市民プールバス停
■西鉄バス 伊崎バス停
光雲神社のホームページより引用
近隣の駐車場マップ
光雲神社無料駐車場 ➡ 20台
西公園内には東側駐車場、中央駐車場、西側駐車場の計3つの駐車場 があり無料です。
駐車場が満車の場合は、周辺のコインパーキングを利用する必要があります。
光雲神社は、なんの神様?

※イメージ画像
この光雲神社は、福岡藩の礎を築いた黒田官兵衛(如水)と黒田長政の両公をお祀りするもので、官兵衛公の法名
「龍光院殿」と長政公の法名「興雲院殿」から一字ずつを採って「光雲神社」と名付けられました。
慶長5年、両公が筑前に移封されると、舞鶴城の築城や町づくりを進め、民を思い産業を育てる姿勢は、福岡市の発展に大きく貢献「福岡」という地名も、黒田家ゆかりの備前国福岡(現・岡山県瀬戸内市)に由来し、両公が名付られました。
光雲神社|なんのご利益
■ 黒田如水(黒田孝高)
戦国の名軍師で「知略・勝負運・人生の転機」で力を授けてくれる存在です。
■ 黒田長政
如水の息子で初代福岡藩主で「開運・出世・仕事運」のご利益として人気が高くなっています。
■ 黒田家ゆかりの武将たち
福岡の基盤を築いた黒田家の功臣たちが祀られており、
「努力が報われる」「チャンスをつかむ」「悪運を断つ」的な武家らしいご利益が強いのです。
タンチョウ鶴と幸運の鈴の縁起を授かる場所
タンチョウ鶴は天まで、届く声を持つ美しい鳥で、天と地をつなぐ、神様の遣いと言われて来ました。

タンチョウ鶴と光雲神社の結びつき
タンチョウ鶴は、長寿や夫婦円満の象徴として古くから尊ばれ、幸福や繁栄を願う人々の祈りに寄り添ってきました。
その白い羽と朱色の頭は「天から授かった清らかな力」を思わせ、神社では願いを天へ届ける存在として
描かれ、 こうした吉兆性から、縁起物や授与品に取り入れられ、参拝者の願いを後押しする神聖な象徴として
親しまれています。
光雲神社に響く鶴の祈り

光雲神社の拝殿には、よくある鈴や綱がなく、お賽銭を入れると「鶴の鳴き声」が響く仕掛けになっており、
澄んだ音が境内に広がり、静かな空気の中にやさしい神聖さを感じさせます。
鈴の代わりに、鶴が参拝者の願いを神に届ける――そんな品のある演出ですが、仕掛けに描かれた鶴の絵は、
画伯・木原信氏によるもので、神社の落ち着いた美しさと文化的な深みを引き立てています。
光雲神社に鈴がない理由
神道において鈴は、邪気を祓い、神を招く神聖な道具とされており、その起源は巫女が神楽で用いる「神楽鈴」に
さかのぼるのです。
近代以降は、参拝者自身が鈴を鳴らす習慣が広まりましたが、伊勢神宮や出雲大社のように、あえて鈴を設けない神社も存在します。
光雲神社もその一つで、戦勝や開運のご利益を祈る場として、黒田官兵衛・長政を祀り、武家らしい簡素で厳かな美意識が貫かれて来ました。
拝殿には、鈴の代わりに丹頂鶴の鳴き声が響く仕掛けが施されており、静寂の中で心を澄ませて祈る空間が丁寧に設計されています。
「光雲」の名に込められた「幸運」の信仰は、鈴がなくとも心静かに祈ればご利益があるという考えを支えており、
むしろ古来の神社の姿を今に伝えるものと言えるでしょう。
舞鶴の名の由来と光雲神社の歴史
「舞鶴」という地名は、福岡城の別名であり、タンチョウ鶴が空高く舞い上がる姿にちなんで名付けられました。
かつて福岡城の跡地には、現在の光雲(てるも)神社があったと伝えられており、城と神社の歴史が静かに重なり合っています。
お守り「幸運の鈴」

ここでは「水琴の鈴」とも呼ばれる特別な「幸運の鈴」を購入できます。
その穏やかな音色は、日常の喧騒を忘れさせる極上の癒しを与えてくれて、打ち出の小槌型など
ユニークな種類もあり、ご利益に合わせて選ぶ楽しみもあります。
「参拝記念や願掛けのお守り」として、自分用にも大切な人への贈り物にも最適で、この力強い存在感を
放つ鈴で、あなたの人生に幸運を呼び込みませんか?
【開運の聖地】光雲神社|ご利益

黒田藩は、わずか一代で52万3千石という大大名にまで上り詰めた、まさに“強運”の象徴です。
その背景には、官兵衛の卓越した戦略眼と長政の忠義が光り、関ヶ原では東軍勝利の立役者となり、運と実力を兼ね備えたエピソードが満載です。
そんな黒田家ゆかりの光雲神社には、強運のご利益が宿ると伝えられています。
あなたもその運気を授かりに、ぜひ参拝して見てください。

黒田家の家紋にまつわる物語

黒田官兵衛が有岡城に幽閉(ゆへい)されていた際、土牢(つちろう)の小窓から見えた藤の蔓(つる)が
希望の象徴となり、後に家紋として藤巴紋(ふじどもえもん)を選んだと伝えられています。
荒木村重の謀反(むほん)に巻き込まれた官兵衛は絶望の中でも藤の生命力に励まされ、解放後は秀吉に
重用され、黒田家の繁栄へと繋がって行きます。
藤は古来より長寿や子孫繁栄の象徴とされ、黒田家では困難を乗り越える強靭(きょうじん)な意志の象徴として受け継がれているのです。
このエピソードは、創作的な要素も含まれており、黒田家の家紋に藤が採用された理由として定着していますが、
「藤と巴の組み合わせ」は、強い生命力や再生を象徴するものとして武士の家紋でも広く用いられました。
目薬の木のご利益とは?

(目薬の木)
メグスリノキは、樹皮や小枝を煎じて目を洗う民間療法に由来し、「目薬の木」とも呼ばれています。
タンニンやカテキンなど、目の炎症を抑えたり血行を促進する成分を含み、疲れ目やかすみ、老眼・近視にも
効果があるとされています。
その効能から「千里眼の木」との別名もあり、黒田如水の祖父が製造販売していた縁もあり、光雲神社では「眼」や「眼病」にご利益があると伝えられてきました。
幸運と言われる「水牛の兜」とは?

光雲神社の境内右手には、水牛の兜を模した勇壮な手水舎があります。
これは、関ヶ原の戦いで勇敢に戦った英雄・黒田長政公の功績を讃えて造られたもので、歴史と奇跡が刻まれた象徴的な存在です。
運命のいたずら?
天下分け目の関ヶ原の戦いで、黒田長政公は徳川家康公の側近として先陣を任され、勝利の行方を左右する重要な役割を果たしました。

※イメージ図
関ヶ原へ向かう途中、増水した川で命の危機に瀕した黒田長政公を救ったのは、兜の水牛の角に絡んだ一本の柳の枝でした。
この闇夜の奇跡が黒田勢に勢いをもたらし、勝利へと導いたと伝えられています。
光雲神社の手水舎は、その奇跡と長政公の勇気を象徴し、訪れる人々に幸運と力を授ける存在として親しまれています。
「名槍日本号」と母里太兵衛のエピソード!

母里太兵衛は、黒田二十五騎の一人として名を馳せた槍の名手です。
名槍「日本号」を手に立つその銅像(高さ3m)は、母里太兵衛の勇ましさと誇りを物語っています。
日本号は全長3m22cmの巨大な槍で、台座には「黒田節」の歌詞が刻まれ、太兵衛の逸話を今に伝えています。
禁酒中にもかかわらず、主君・黒田長政公の名誉を守るため福島正則公の盃を飲み干し、「好きな物を取れ」と言われて日本号を持ち帰ったという豪胆な行動は、今なお多くの人々に感銘を与えているのです。
光雲神社の「二の鳥居」について

光雲神社の二の鳥居は、明治8年建立の堂々たる石造で、肥前鳥居と同様の三分割構造を持ち、歴史的価値の高いものです。
一方、参道南側の一の鳥居は大正11年に建てられ、神域への入口として参拝者を迎えていますが、いずれも光雲神社の格式と歴史を象徴し、訪れる人々を神聖な空気へと誘います。
植えられている榊の意味?
榊(さかき)とは、神道において、神事に用いられる常緑小高木です。

榊は「神と人の境にある木」や「栄える木」が語源とされる常緑樹で、本州関東以西から沖縄に自生1年中葉が落ちず、梅雨には白い花、秋には黒い実をつけます。
神道では、依り代と考えられ、神棚や祭壇に供えることで神が降りるとされた。神事では御神輿の装飾や、神職が榊を手に神を招く際にも使われ、神聖な象徴として大切にされている。
五十二段+三段の石段の理由?

光雲神社の参道にある五十二段と三段の石段は、関ケ原の戦いで黒田長政公が東軍の勝利に貢献し、徳川家康公から52万3000石を与えられた功績を記念して造られたと伝えられています。
この石段は、長政公の栄光と権威を後世に伝えるだけでなく、神々への敬意と感謝の思いを表す象徴として参道に残されています。
狛犬のなぞ?

光雲神社の狛犬は、一般的な神社とは異なり、互いに背を向けて福岡市街を見守っています。
これは、御祭神・黒田長政公の「民こそ守るべき存在」という信念を象徴したもので、自身の安全よりも領民の幸せを優先した長政公の精神が、狛犬の配置に込められているのです。

光雲神社の狛犬は、口を開いた「阿形(あぎょう)」と閉じた「吽形(うんぎょう)」で阿吽(あうん)の呼吸を表し、互いに協力して領民を守る姿勢を象徴しています。
単なる石像ではなく、黒田長政公の深い愛情と責任感が刻まれた存在で、市街を見つめるその背中は、真のリーダーとは何かを静かに語りかけているのです。
御朱印帳・御朱印・お守り|神とのご縁の記録!

御朱印帳(おもて)
御朱印は、参拝の証として授与される美しい手書きの文字と印章で、多くの人々を魅了しています。
奈良・平安時代には、写経の奉納証として始まり、江戸時代には参拝の記念として広まりました。
現代では、個性豊かなデザインが施された御朱印を集める「御朱印巡り」が人気を集めています。

御朱印帳(うら)
その魅力は、芸術性と記憶の彩りにあり、一つ一つ丁寧に書かれた御朱印は、参拝の思い出を鮮やかに蘇らせるだけでなく、神社仏閣の歴史や文化を知るきっかけにもなります。
御朱印を通じて、土地の物語に触れて見るのもおすすめです。
※光雲神社には、黒田官兵衛の「赤合子(あかごうし)」の兜や、黒田長政の「大水牛兜」をモチーフにした
オリジナルの御朱印帳もあります。
御朱印

光雲神社は、黒田官兵衛(如水)公と黒田長政公の親子を祀る神社で、デザイン性豊かで多種多様な御朱印が授与されています。
具体的な特徴や種類としては、以下のようなものがあります。
- 特別御朱印:
- 黒田官兵衛公の別名である「如水(じょすい)」のイラストや、彼の残した教えである「水五訓(みずごくん)がデザインされたもの。
- 黒田長政公が愛用した「水牛の兜」の墨絵御朱印。
- 黒田家の名宝である天下三名槍の一つ「日本号」の御朱印。
- 季節・限定御朱印:
- 季節限定の「切り絵御朱印」。
- 「干支御朱印」(その年の干支がモチーフ)。
【頒布方法】
- 境内の社務所で授与されています。
- 御朱印帳への直書き(お書き入れ)のほか、書き置きもあります。
- 郵送での対応も行われています。
最新の限定御朱印の情報などは
詳しく知りたい方は、こちら>>>>>光雲神社 ウェブ授与所 をご覧ください。
幸運の鈴の購入|使用方法

光雲神社の授与所にて購入できます。サイズやデザインは季節ごとに変更される場合があり、縁起物として人気が
高いため早めの参拝がおすすめです。
普段はカバンや財布、鍵など身の回りの持ち物に付けて携帯するのが一般的です。
自宅では玄関に吊るして“福を呼び込む鈴”として飾る方が多く、毎日の外出前に軽く鳴らして気持ちを整える
習慣としても親しまれています。
お守り

主なお守りの種類
- 黒田官兵衛公御守:天才軍師にあやかった開運厄除けの御守です。
- 勝守:57戦無敗と伝えられる官兵衛公にあやかり、勝負事、仕事運、学業成就など、あらゆる願いに
ご利益があるとされています。 - 光雲神社幸運守:光雲神社の幸運を呼び込む肌守りとして携帯しやすい大きさの御守です。
詳しく知りたい方は、こちら>>>>>光雲神社 ウェブ授与所 をご覧ください。
黒田藩ゆかりの地から期待できるご利益一覧
| ご利益の分類 | 具体的なご利益の内容 | 主な関連スポット | 歴史的・神徳的な背景 |
| 開運出世・勝利 | 開運勝利、立身出世、家運隆盛、勝運授福 | 光雲神社 (てるもじんじゃ) | 黒田官兵衛・長政父子の御魂を祀る。長政公が関ヶ原の戦いで勝利した幸運にあやかり、特に出世・勝利にご利益があるとされる。 |
|---|---|---|---|
| 開運出世、家運隆盛 | 紅葉八幡宮 (もみじはちまんぐう) | 藩の守護神へと出世・発展を遂げた神社。3代藩主光之公が藩主になったことに感謝し、大切に崇敬された。 | |
| 学問・厄除け | 学業成就、厄除開運、方除け(鬼門封じ) | 水鏡天満宮 (みずかがみてんまんぐう) | 初代藩主・黒田長政によって福岡城の鬼門封じとして移された。学問の神様(菅原道真公)も祀られている。 |
| 除災招福、厄除開運 | 東長寺 (とうちょうじ) | 黒田家の菩提寺の一つ。毎月の大仏祭りで行われる護摩焚きにより、厄災を遠ざけるご利益がある。 | |
| 安産・子どもの守護 | 安産祈願、子どもの守護、育児 | 紅葉八幡宮 | 祭神である神功皇后が安産・育児の神様として崇敬される。3代藩主光之公の母君がここで安産を祈願したとされる。 |
| 財運向上 | 財運向上、家を興す力 | 光雲神社(境内にある目薬の木) | 官兵衛の祖父・重隆が「目薬の木」の目薬で財を成し、黒田家の礎を築いたという伝承に由来する。 |
黒田官兵衛(如水)は智略に優れ、黒田長政は関ヶ原の戦いで武功を立て、黒田家ゆかりの地は特に「ここ一番の勝負運」や「人生の出世」を願う人々に篤く信仰されています。
ご利益を深掘りするにあたっては、関連する神社仏閣の祭神や由緒、当時の藩主との関わりが重要なポイントとなります。
荒津神社と堅磐神社

荒津神社
荒津神社
荒津神社(あらつじんじゃ)は、福岡市中央区の西公園に鎮座する歴史ある神社です。
ご祭神には、神武天皇をはじめ、大物主神、金毘羅神、伊弉冉尊、天瓊瓊杵命、惶根尊など、日本神話に
ゆかりの深い神々が祀られています。
かつてこの一帯は「荒津山」または「荒戸山」と呼ばれ、古代には博多湾の警備にあたる“防人(さきもり)”が置かれていたと伝わります。そのため、荒津神社は古来、山と海の境を守る要として、地域の安全と繁栄を見守ってきました。
創建年代は明確ではありませんが、境内の鳥居には貴重な刻銘が残っており、左柱には「天明三年癸卯六月十五日(1783年)」、右柱には「筑前国主 源姓賜松平氏 黒田長高建立」と記され、江戸時代にこの地が「荒戸山東照宮」として整えられていた時代の名残と考えられています。
長い時を超えて佇む鳥居と神々の祀られ方から、荒津神社が担ってきた役割の深さが静かに感じられる場所です。
堅磐神社

堅磐神社(かきわじんじゃ)は、黒田如水の祖父である重隆公、父の職隆公をはじめ、二代藩主・忠之公、阿津姫が祀られています。
境内の鳥居には「明和五年(1768)」の刻銘が残り、もとは福岡城天守台の東側にあった「水鏡権現(みずかがみごんげん)」の鳥居を移したものと伝えられています。城ゆかりの遺構が現在まで大切に受け継がれてきた証でもあります。
荒津神社と堅磐神社は、歴史と神秘が静かに息づく場所であり、訪れる人に敬意と深い感銘を抱かせます。これからも福岡の地で、変わらず人々を見守り続ける存在です。
詳しくは、こちら>>>>>光雲神社のホームページ
中司孫太郎稲荷神社|サイバー神社

中司孫太郎稲荷神社(なかつかさ まごたろう いなり じんじゃ)は、昼間は穏やかな気配が漂う、親しみ深いお稲荷さまです。
サイバー神社

夜になると、中司孫太郎稲荷神社は「サイバー神社」と呼ばれる別世界の姿を見せます。
参道に灯るLEDライトが夕暮れから鮮やかに輝き始め、その光が若い世代を中心に人気のフォトスポットとなっています。
暗闇の中に浮かび上がる色彩は、まるで光の迷宮のよう。どこか現実離れした近未来のような空気が漂い、
思わず足が止まってしまうほど幻想的です。
このライトアップは2022年10月22日から始まり、毎日18時から翌朝5時まで点灯、参道では、鮮やかな光に
包まれながら、思い思いのポーズで写真を撮る人々の姿が印象的です。

さらに、神社の入口にはイラストレーターの「326(ミツル)」さんと、独特の世界観で人気の谷口崇さんによる巨大コラボ看板が設置され、多くの参拝者を出迎えています。
SNSでは「#サイバー神社」で検索すると、光に包まれた参道やコラボ看板の写真が多数投稿されており、幻想的な夜の風景は、思わずシェアしたくなる魅力にあふれています。
福岡に立ち寄る機会があれば、この不思議で美しい“光の世界”をぜひ体験して見てください。
立帰天満宮

立帰天満宮(たちかえりてんまんぐう)は、西公園内にひっそりと鎮座する、菅原道真を祀る小さな天満宮です。
場所は光雲神社へ向かう52段⁺3階段の手前、左側の木陰にあり、意識していないと見過ごしてしまうほど控えめな佇まいです。
学問の神として知られる道真公ですが、この社は「旅から無事に帰れる神」としても信仰されています。
島原の乱の際、黒田藩の武士たちがここで必勝と帰還を祈願し、無事に戻ったことから「立ち帰り天満宮」と呼ばれるようになったと伝わります。
旅の無事を願う象徴として人気の「カエルのお守り」は、光雲神社でも授与されています。


境内には「失物祈願」の鳥居があり、ここで手を合わせると探している物が戻ってくるとされています。
なくし物に心当たりがある時に、そっと頼りたくなる場所です。
立帰天満宮は、学問成就の神さまと言うだけでなく旅の安全や失せ物発見のご利益でも親しまれており、これからも多くの人に寄り添う神社として大切に信仰されて行くでしょう。
周辺の観光地
福岡城跡「名島門」

名島門(なじまもん)は、福岡城跡の中でも特に重要な歴史的建造物で、福岡市指定有形文化財にもなっている貴重な遺構です。
元々は現在の東区名島にあった名島城の城門で、黒田長政が名島城から福岡城へ居城を移す際、城下移転に合わせて門をそのまま移築したと言われています。
つまり、名島門は「名島城の生き証人」として、時代を跨(また)ぎながら福岡城で現在も佇(たたず)んでいるわけです。
舞鶴公園
福岡市の中心部に広がる舞鶴公園は、福岡城跡を包み込むように整備された歴史と自然が交わる都市公園です。

春にはソメイヨシノを中心に多くの桜が咲き誇り、市民や観光客で賑わっています。

城跡の石垣や櫓跡(やぐらあと)が点在し、散策しながら往時の面影を感じられるほか、四季折々の花木や芝生広場も魅力となっています
鳥飼八幡宮

鳥飼八幡宮は、福岡市中央区今川に鎮座する八幡宮で、古くから厄除け・必勝祈願・安産・子育てなどのご利益で親しまれている神社です。
創建は非常に古く、神功皇后ゆかりの地としても語られています。
境内には立派な社殿が構えられており、都市の中心にありながら静かで落ち着いた雰囲気です。
FAQ|こんなことも聞きたい

- 光雲神社はどんなご利益があるの?
-
光雲神社では「開運」「出世」「必勝祈願」「学業成就」などのご利益があるとされ、黒田官兵衛と黒田長政を祀っているから、困難を乗り越える知略や運を授かる神社として知られています。
- 「鶴の鳴き声」が聞こえるのは本当?
-
はい、本当です。光雲神社では、お賽銭を投じると、拝殿に設置された仕掛けによってタンチョウ鶴の鳴き声が響き渡ります。これは願いが天へ届く神聖な演出として、多くの参拝者に感動を与えていますよ。
- 御朱印はどこでいただけるの?
-
御朱印は、光雲神社の授与所でいただけ、デザインも丁寧で、参拝記念や御朱印集めの一つとして人気があります。
- 光雲神社のアクセスは?
-
最寄り駅は福岡市地下鉄「大濠公園駅」で、徒歩約10分。バスでは「湊郵便局前」などが便利で、西公園内の高台にあるため、歩きやすい靴での参拝がおすすめです。
- 「幸運の鈴」はどこで買えるの?
-
「幸運の鈴」は、光雲神社の授与所で購入でき、数量限定や季節限定のデザインもあるため、早めの参拝がおすすめです。オンラインの「ウェブ授与所」でも購入可能ですよ。
- サイバー神社って何ですか?
-
中司孫太郎稲荷神社は、夜間にLEDライトでライトアップされ「サイバー神社」として話題になっており、
幻想的な光の演出がSNSで人気となり、若者のフォトスポットとして注目されています。 - 光雲神社に駐車場はある?
-
はい、あります。神社には20台分の無料駐車場があります。さらに西公園内にも東側・中央・西側と3か所の無料駐車場がありますが、混雑時には近隣のコインパーキングも利用可能です。
- 黒田藩のゆかりとは?
-
光雲神社は、黒田如水(官兵衛)と黒田長政を祀っており、福岡藩の礎を築いた黒田家ゆかりの神社です。戦国の知将と大名として、開運や勝負運のご利益があると信仰されています。
- 神社内のパワースポットは?
-
鶴の鳴き声が響く拝殿や、「水牛の兜」の手水舎、御利益のある「目薬の木」などが人気のパワースポットです。夫婦鶴の天井画や、狛犬の向きにも神聖な意味が込められています。
- 近くに観光スポットはある?
-
はい、あります。光雲神社の周辺には、舞鶴公園、西公園、福岡城跡、鳥飼八幡宮など歴史と自然を楽しめるスポットが点在しています。お花見や散策と一緒に楽しむのがおすすめです。
まとめ

- 福岡の歴史とご縁を感じる光雲神社は「幸運」を授かる神社としても注目
- タンチョウ鶴の鳴き声や「幸運の鈴」など、心が洗われるような神秘的な体験が魅力
- 黒田官兵衛・長政親子を祀る神社で、勝負運・出世運・厄除けのご利益も
- 西公園内にあり、春は桜、夜は幻想的な光景が楽しめるフォトスポット多数
- 御朱印やお守りも充実。参拝の記念や贈り物にも最適
- 立帰天満宮や中司孫太郎稲荷神社など、周辺にも魅力的な神社が点在
- 黒田家の家紋や兜、狛犬など、随所に歴史ロマンを感じる見どころあり
パワースポットとしてだけでなく、歴史ファンや文化を愛する人にも愛される光雲神社。
一度訪れると、その場の空気感や雰囲気に癒やされ、思わず誰かに話したくなるような感動があります。

参拝の際は、ぜひ「幸運の鈴」も手に取ってみてください。
心に響く音色が、あなたの願いを優しく後押ししてくれるはずです。
おすすめは、ウェブ授与所でも購入できる「水琴の鈴」です♪








